松井証券を気にしたきっかけは、2026年3月期の利益回復がかなり大きかったことと、次の期から株主還元の基準を変更したことです。営業収益は526.6億円、経常利益は238.1億円となり、前期比ではそれぞれ34.3%増、55.7%増でした。
数字を見ると、相場環境の追い風を受けた証券会社の好決算に見えます。
ただ、松井証券の変化はそれだけではありません。日本株の委託手数料や信用取引の金融収支を土台にしながら、投資信託、米国株、FX、銀行連携、カード積立、保険領域へ接点を広げています。いま確認したいのは、好調な日本株ビジネスを、収益源の分散へつなげられるかという点です。
一方、株価指標を見ると、松井証券は一般的な低PBR株ではありません。2026年3月31日のPBRは2.96倍、PERは15.69倍です。高いROEや株主還元への期待がすでに評価へ入っているため、「割安だから見直される会社」というより、高い収益性を維持できるかが問われる会社と考えた方が自然です。
会社概要|独立系ネット証券の歩み
松井証券は1918年5月創業、1931年3月設立の老舗証券会社です。本社は東京都千代田区麹町にあり、2026年3月末時点の資本金は119.45億円、従業員数は227名です。事業内容は金融商品取引法に基づく金融商品取引業で、公式の会社概要では他企業との系列関係を持たない独立系と明記しています。
企業理念は「お客様の豊かな人生をサポートする。」です。企業目標には、個人投資家にとって価値のある金融商品・サービスを提供することを掲げています。低い手数料だけではなく、安定した取引システム、サポート、投資情報、使いやすさまで含めて価値を作ろうとしている点が特徴です。
松井証券を理解するときに面白いのは、100年以上続く会社でありながら、成長の転機がインターネットだったことです。1990年代後半、証券業界の規制緩和が進むなかで対面営業からオンライン取引へ大きく舵を切りました。1996年に株式保護預かり料を撤廃し、1998年にはオンライン証券サービスを始めています。
つまり、松井証券は伝統を守ることで残った会社というより、既存の商売の形を自ら変えたことで残った会社です。大手金融グループの銀行、カード、通信、ECから顧客を送ってもらうモデルではなく、個人投資家が直接サービスを選ぶ世界で競争してきました。
独立系という立場は、経済圏を持たない弱さである一方、自社の顧客体験に集中して判断できる強さでもあります。この両面を見ておくと、松井証券の戦略や市場評価が分かりやすくなります。
過去5年の業績推移|利益回復の強さを見る
証券会社では一般企業の売上高に近い指標として「営業収益」を使います。次の表は2022年3月期から2026年3月期までの営業収益、営業利益、経常利益、自己資本比率、ROE、PBR、PERをまとめたものです。ROEはIR BANKの各期実績、PBRとPERは各決算期末の取引日の値を使っています。
| 年度 | 営業収益 (億円) |
営業利益 (億円) |
経常利益 (億円) |
自己資本比率 (%) |
ROE(%) | PBR(倍) | PER(倍) |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2022/03 | 306.2 | 124.8 | 127.9 | 8.9 | 14.58 | 2.64 | 18.13 |
| 2023/03 | 310.7 | 109.8 | 112.5 | 7.8 | 10.28 | 2.65 | 25.74 |
| 2024/03 | 368.0 | 147.2 | 150.5 | 6.5 | 12.87 | 2.79 | 21.70 |
| 2025/03 | 392.0 | 156.4 | 152.9 | 6.8 | 13.76 | 2.57 | 18.68 |
| 2026/03 | 526.6 | 234.6 | 238.1 | 6.1 | 18.87 | 2.96 | 15.69 |
2022年3月期は営業収益306.2億円、経常利益127.9億円でした。ROEは14.58%で、証券会社として一定の収益力を維持していました。PBRは2.64倍とすでに1倍を大きく上回っており、松井証券はこの時点でも低PBR修正を狙う銘柄ではありませんでした。
2023年3月期は営業収益が310.7億円とほぼ横ばいでしたが、経常利益は112.5億円へ減少しました。ROEも10.28%へ低下し、PERは25.74倍まで上昇しています。利益が落ちた一方で年間40円配当を維持したため、配当性向は131.5%となりました。収益の波に対して配当を安定させた年といえますが、利益で配当を十分に賄えていない点は注意が必要でした。
2024年3月期は営業収益368.0億円、経常利益150.5億円へ回復しました。ROEは12.87%へ戻り、PBRも2.79倍へ上昇しています。オンライン証券は取引量や相場環境の影響を受けるため、一年だけの利益を見るより、顧客資産や複数商品の収益が積み上がっているかを見る必要があります。
2025年3月期は営業収益392.0億円、経常利益152.9億円で増収増益を維持しました。ただし利益の伸びは小さく、ROEは13.76%でした。配当性向は98.0%で、利益のほぼ全額に近い水準を配当へ回した形です。高還元は魅力ですが、成長投資と配当の余力を両立できるかが論点になります。
2026年3月期は営業収益526.6億円、営業利益234.6億円、経常利益238.1億円まで大きく伸びました。受入手数料、金融収支、トレーディング損益がいずれも増え、純利益は154.8億円でした。IR BANKのROEは18.87%、会社公表値は19.6%です。算定方法によって差はありますが、どちらを見ても資本効率が大きく改善した年です。
2026年3月期のポイントは、売買手数料だけでなく、金利上昇を背景に金融収支も伸びたことです。一つの収益項目だけが急増したのではなく、複数の収益源が同時に押し上げました。ただし、市況や金利に助けられた部分と、サービス改善による構造的な成長を分けて見る必要があります。
自己資本比率6.1%をどう見るか
表では自己資本比率が2022年3月期の8.9%から2026年3月期の6.1%へ低下しています。一般企業の感覚では低く見えますが、証券会社は顧客からの預り金や信用取引に関わる資産・負債が大きく、総資産が膨らみやすい業種です。そのため、この比率だけで財務の安全性を判断すると会社の実態を読み違える可能性があります。
証券会社では、リスクに対して使える自己資本がどの程度あるかを見る自己資本規制比率が重要です。会社資料では2026年3月期の自己資本規制比率は307%で、法令上求められる水準を上回っています。一方、信用取引残高や事業投資が増えればこの比率は下がり得るため、今後も一般的な自己資本比率と自己資本規制比率をセットで確認したいです。
配当推移と株主優待|高還元の持続性を見る
松井証券は配当を重視する会社です。2022年3月期から2025年3月期まで年間40円を維持し、2026年3月期は50円へ増配しました。次の表では年間配当と配当性向を確認します。
| 年度 | 年間1株配当(円) | 配当性向(%) |
|---|---|---|
| 2022/03 | 40 | 89.9 |
| 2023/03 | 40 | 131.5 |
| 2024/03 | 40 | 105.1 |
| 2025/03 | 40 | 98.0 |
| 2026/03 | 50 | 83.2 |
2023年3月期と2024年3月期は配当性向が100%を超えました。利益が弱い年にも40円配当を維持した結果です。安定配当を重視する姿勢は分かりやすい一方、毎年の利益だけで配当を賄えない状態が続けば、財務余力を使うことになります。
2026年3月期は利益が大きく伸びたため、50円へ増配しても配当性向は83.2%に低下しました。高い水準ではありますが、過去数年と比べると利益と配当のバランスは改善しています。2027年3月期からは還元基準を変更し、配当性向70%以上を基準に決定する方針です。従来の「配当性向60%以上かつDOE8%以上」からDOE基準を外し、利益に連動する形を明確にしました。
今後の配当を見るときは、50円という金額だけでなく、利益が相場環境に左右された場合でも70%以上の基準を無理なく続けられるかが重要です。利益が増えれば還元も増えやすい反面、利益が落ちた場合の配当水準は以前より業績連動で考える必要があります。
株主優待はある?
今回確認した範囲では、松井証券に一般的な個人株主向けの株主優待制度は見当たりませんでした。この会社の株主還元は、優待よりも現金配当を中心に見る銘柄です。サービス利用者向けのキャンペーンやポイント施策と、株主優待は分けて考える必要があります。
決算内容とリスク|好調の中身を分けて見る
決算で良かった点
2026年3月期で最も良かったのは、収益の複数項目が同時に増えたことです。日本株・ETFの委託手数料が増え、信用取引や預託金に関わる金融収支も改善し、FXなどのトレーディング損益も伸びました。経常利益は238.1億円で、前年の152.9億円から85億円以上増えています。
金利上昇は借入コストを増やす面もありますが、松井証券では預託金の収益分配金などが増え、金融収支を押し上げました。短期金利の変化が収益へ影響するため、国内金利の正常化は単純な逆風ではありません。取引量の増加と金利環境の変化を両方取り込めたことが、今回の利益改善につながっています。
顧客基盤も重要です。口座数や預かり資産が増えれば、顧客が日本株だけでなく投信、米国株、FX、銀行サービスを使う入口が広がります。新規口座の4割以上が30代以下の投資初心者層とされており、NISAやカード積立との相性も良い顧客構成です。
決算で気になった点
好調な利益の一方、販売費・一般管理費は19.2%増の256.3億円でした。広告宣伝、事務委託、人件費が増えています。顧客獲得、商品拡充、サポート、セキュリティには必要な投資ですが、取引量が落ちた局面でも固定的に残る費用が増えると、利益の振れが大きくなる可能性があります。
もう一つは、収益の中心が依然として日本株と信用取引にあることです。2025年3月期の統合報告書では、日本株委託手数料と日本株金融収支が純営業収益の約8割を占めていました。2026年3月期も受入手数料と金融収支の比重が高く、日本株市場が活況なら強い一方、売買が細れば影響を受けやすい構造は残っています。
配当性向も引き続き高いです。利益が伸びた2026年3月期でも83.2%でした。株主にとって還元は魅力ですが、新商品、システム、セキュリティ、人材への投資も必要です。配当性向70%以上の新方針のもとで、成長投資の余力をどう確保するかは今後の確認点になります。
有価証券報告書やリスク面で見たい点
証券会社では市場環境、信用取引、システム、サイバーセキュリティ、法規制が重要なリスクです。株式市場が下落すると顧客の売買が減り、信用取引残高や手数料収入へ影響する可能性があります。相場が動けば必ず利益が増えるわけではなく、投資家心理や売買代金がどう変化するかが大切です。
2026年3月期には、顧客口座への不正アクセスに伴う不正取引への補償費用を特別損失として計上し、サイバーセキュリティ保険金を特別利益に計上しました。オンライン証券にとってセキュリティはサービスの付加機能ではなく、事業を続けるための前提条件です。パスキーや多要素認証の導入は前向きですが、対策費用と利用者の利便性を両立できるかも見たいです。
松井証券のリスクは、相場だけではありません。無料化競争、システム投資、サイバー対策、高配当を同時に支える必要があります。利益が好調な時期に、次の低調期へ備えた基盤をどこまで作れるかが長期的な差になります。
事業内容|個人投資家との接点を広げる
日本株・信用取引
松井証券の収益の核は日本株です。現物取引、信用取引、先物・オプションなどを提供し、委託手数料と金融収支を得ています。信用取引では顧客への貸付金や株券貸借に関わる収益が生まれるため、売買代金だけでなく信用残高や金利環境が利益へ影響します。
この事業は長年の顧客基盤と取引システムが強みになる一方、価格競争が厳しい領域です。SBI証券や楽天証券が日本株手数料の無料化を進めたことで、業界全体が手数料以外の収益を育てる必要に迫られています。松井証券も日本株を入口に、別の商品へ利用を広げることが欠かせません。
投資信託・NISA・資産形成
投資信託は売買回転よりも残高の積み上げが重要です。カード積立、投信残高ポイント、NISA、iDeCoを組み合わせることで、若い顧客が長期間利用するきっかけを作れます。日本株の短期売買に偏った収益から、預かり資産に連動する収益へ少しずつ移る意味でも重要です。
松井証券はJCBとの協業によるクレジットカード積立を開始しました。経済圏を自前で持たない会社にとって、外部企業との提携は弱点を補う方法です。カード積立だけで大きく利益が変わるわけではありませんが、口座を作った後に資産形成を続けてもらう仕組みとして見たいです。
米国株・FX・新商品
米国株では取扱銘柄や取引時間を広げ、投資情報ツールも整備しています。FXでは通貨ペアや取引条件を改善し、自動売買などの機能を提供しています。これらは日本株市場が低調なときの収益分散にもなりますが、先行する競合との機能差を縮めるだけでは十分ではありません。
大切なのは、商品数を増やすことより、既存顧客が実際に利用し、継続的な収益になることです。口座数、預かり資産、投信残高、米国株の取引口座、FX取引高などを追うことで、収益多様化の進み具合を確認できます。
銀行連携・サポート・情報メディア
MATSUI Bankは、証券口座の待機資金を活用しやすくするサービスです。銀行と証券の資金移動を滑らかにできれば、顧客の利便性が上がり、預かり資産も定着しやすくなります。松井証券は銀行を自社グループに持たないため、提携を使いながら経済圏に近い便利さを作っています。
コールセンター、取引相談窓口、動画、投資情報メディアも重要な事業基盤です。金融商品は他社との差が小さくなりやすいため、初心者が困ったときの支援や、投資を学ぶ接点が選ばれる理由になります。松井証券の差別化は、商品そのものより、商品を使う前後の体験に置かれています。
業界の将来性|NISA拡大と無料化競争
業界環境
オンライン証券業界では、NISAを通じた資産形成の拡大が追い風です。若い世代を含めて投資口座を持つ人が増え、長期積立、投資信託、国内株、米国株への入口が広がっています。店舗へ行かずに口座開設から取引まで完結できるネット証券は、この流れを受けやすい業態です。
一方、日本株の売買はすでにオンライン化がかなり進んでいます。これからの競争は、単純にネット取引へ移る顧客を獲得するだけではなく、他社口座にある資産を移してもらい、投信や外貨商品まで利用してもらう段階です。口座数だけでなく、預かり資産と一人当たりの利用商品数が重要になります。
将来性とリスク
将来性としては、NISA、投資信託、米国株、デジタル金融、銀行・カード連携が挙げられます。金利正常化も、信用取引や預託金から金融収支を得る会社には追い風になり得ます。顧客資産が増え、複数商品を利用するようになれば、相場の売買高だけに頼らない収益へ近づきます。
リスクは手数料無料化です。日本株の取引手数料だけでは競争しにくくなり、信用金利、投信、FX、米国株、ポイント、銀行連携、広告、サポート効率まで含めた総合力が必要になりました。規模の大きい会社ほどシステム費用を多くの顧客で負担できるため、中堅企業には厳しい面があります。
サイバー攻撃や不正アクセスも業界全体の課題です。便利さを高めるほど、本人確認、認証、監視、補償の重要性が増します。セキュリティ事故は直接費用だけでなく、顧客の信頼や口座移管にも影響するため、長期的な競争力を左右します。
その中での立ち位置
松井証券は最大手ではありませんが、長い運営実績と一定の顧客基盤を持つ有力なオンライン証券です。大手オンライン証券の中で独立系という立場は明確で、銀行、カード、ECなどを束ねた巨大経済圏ではなく、サービス品質で直接選ばれる必要があります。
規模でSBI証券や楽天証券を追うだけでは、投資負担が重くなります。松井証券に合う戦い方は、初心者へのサポート、アクティブ投資家向け機能、分かりやすい料金、投資情報、安定したシステムを組み合わせ、規模ではなく利用体験で残ることです。
競合比較|同業他社と比べる
松井証券、SBIホールディングス、マネックスグループ、岩井コスモホールディングスを比較します。業績とROEは2026年3月期実績、PBRとPERは各社ともIR BANKの2026年3月31日付の期末値です。松井証券と岩井コスモは経常利益、SBIとマネックスは税引前利益を使うため、利益概念に違いがあります。
| 企業 | 営業収益等 (億円) |
経常又は税引前利益 (億円) |
利益増減率 (%) |
ROE(%) | PBR(倍) | PER(倍) |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 松井証券 | 526.6 | 238.1 | 55.7 | 18.87 | 2.96 | 15.69 |
| SBI ホールディングス |
18,966.1 | 5,166.7 | 83.0 | 23.82 | 1.03 | 4.27 |
| マネックス グループ |
836.1 | 157.6 | – | 8.63 | 1.34 | 15.43 |
| 岩井コスモ HD |
322.6 | 135.5 | 48.1 | 14.06 | 1.10 | 7.80 |
企業紹介
・SBIホールディングス
証券だけでなく、銀行、保険、資産運用、投資事業などを広く持つ金融グループです。SBI証券のオンライン証券事業は松井証券の競合ですが、表の数値はグループ全体であり、規模と事業範囲が大きく異なります。
・マネックスグループ
オンライン証券に加え、暗号資産、資産運用、ウェルスマネジメントなどを展開します。国内ネット証券という共通点がある一方、海外や暗号資産を含む事業構成の違いが利益の振れに表れやすい会社です。
・岩井コスモホールディングス
個人向け証券を中心とし、対面、コール、インターネットの複数チャネルを持つ証券グループです。松井証券より対面営業の色があり、純粋なネット専業ではありませんが、国内リテール証券として比較しやすい会社です。
比較
松井証券は規模ではSBIホールディングスに及びませんが、ROE18.87%は高い水準です。岩井コスモの14.06%、マネックスの8.63%を上回っています。ただしSBIは持株会社全体の利益に一時的・事業構成上の影響も含まれ、単純にネット証券の効率だけを比べる表ではありません。
最も目立つのはPBRです。松井証券の2.96倍に対し、SBIは1.03倍、マネックスは1.34倍、岩井コスモは1.10倍でした。市場は松井証券の高ROE、安定配当、事業の分かりやすさに高い評価を与えているように見えます。
競合比較から分かるのは、松井証券には割安修正より、プレミアムを守るための業績継続が必要だということです。利益が落ちてもPBR約3倍を維持できるとは限りません。高い評価は強みの証明であると同時に、期待に応え続ける必要があるという意味でもあります。
PERは松井証券15.69倍、マネックス15.43倍で近い一方、SBIと岩井コスモは低い水準です。事業構成や一時利益が異なるためPERだけで割安さを決められませんが、松井証券が業界内で安さを理由に選ばれる位置ではないことは確認できます。
中期経営計画と成長戦略|選ばれる理由を増やす
中期経営計画
松井証券は、固定された3カ年の売上・利益目標を前面に出す一般的な中期経営計画よりも、中長期の経営戦略と経営目標を示す形を取っています。2026年3月期決算短信では、株主資本コストを現状8%と認識し、それを上回るROEを達成することを経営目標にしています。
- 大手オンライン証券として認知される強いブランドの構築
- 金融商品・サービスのラインアップ充実
- 独自性を意識した特色あるサービスの提供
- 優位性のある顧客体験を支えるサービス品質の向上
- 新規事業の探索と事業の多角化
- 多様性のある自律的な組織の実現
この方針で特徴的なのは、規模目標より「選ばれる理由」を重視していることです。巨大金融グループと同じ商品数やポイント経済圏をそのまま追うのではなく、ブランド、サポート、投資情報、取引機能、安定性を組み合わせて顧客体験を作ろうとしています。
財務面では、2026年3月期のROEが会社公表値で19.6%となり、株主資本コスト8%を大きく上回りました。ただし、これは好調な市場と金利環境の寄与も受けています。計画を評価するときは、一年だけ目標を上回ったことより、相場が平常化した後も資本コストを上回れるかを見る必要があります。
株主還元方針の変更も中長期の資本政策です。配当性向70%以上へ基準を引き上げることで、高還元の姿勢を分かりやすくしました。一方でDOEを廃止したため、今後は利益変動が配当に反映されやすくなる可能性があります。株主還元と戦略投資をどう両立するかが、計画の実行力を測るポイントです。
成長戦略
日本株の顧客を資産形成へつなぐ
松井証券の第一の成長ストーリーは、既存の日本株顧客に投資信託、NISA、カード積立、銀行サービスを使ってもらうことです。口座数を増やすだけでなく、顧客が預ける資産と利用する商品を増やせれば、一時的な売買手数料から継続的な収益へ比重を移せます。
特に若い投資初心者の口座開設が多いことは、積立との相性が良い材料です。最初は少額のNISAや投信積立でも、長く利用すれば預かり資産が増えます。サポートや投資情報が強みとして働けば、価格だけではない継続理由を作れます。
米国株・FX・新商品で収益を分散する
第二の成長ストーリーは、日本株以外の取引を育てることです。米国株の取引時間や情報ツールを拡充し、FXの商品性を改善し、新しいデリバティブ商品も検討しています。各商品が単独で大きな柱になるには時間がかかりますが、複数の小さな収益源が育てば、市況変動への耐性が高まります。
ここでは「サービスを始めた」という発表だけでなく、口座数、預かり資産、取引高、純営業収益への貢献を確認したいです。商品の追加が利用の増加へつながっているかを見なければ、投資負担だけが先行する可能性があります。
顧客体験とセキュリティを競争力にする
第三の成長ストーリーは、使いやすさと安心感をブランドへ変えることです。オンライン証券では、取引画面、入出金、本人確認、問い合わせ、障害対応、認証が一つでも弱いと顧客が離れます。松井証券はコールセンター、相談窓口、動画、AIチャット、パスキーなど、取引前後の接点へ投資しています。
松井証券の成長は、商品数だけではなく、安心して長く使えるという評価を預かり資産へ変えられるかにかかっています。サポート品質は費用でもありますが、顧客流出を抑え、複数商品を使ってもらえるなら収益基盤になります。
強みと弱み|高評価の理由を整理
強み
独立系として戦略が分かりやすい
松井証券は大手金融グループの全体戦略に左右されず、個人投資家向けサービスへ経営資源を集中できます。銀行やECからの送客は使えませんが、どの商品を強化するか、どの顧客体験を改善するかを自社の判断で進められます。創業100年を超える企業でありながら、対面営業からオンライン証券へ早く転換した歴史も、環境変化への対応力を考える材料です。今後も投資信託、米国株、FXなどへ収益源を広げる際、意思決定の速さを保てるかが、この独立性を実際の成長へ結びつける条件になります。
高いROEと株主還元
2026年3月期のIR BANK実績ROEは18.87%、会社公表値は19.6%でした。年間配当は前期の40円から50円へ増え、配当性向も83.2%となっています。高い資本効率と積極的な株主還元を同時に実現している点は、同業他社と比べても分かりやすい強みです。2027年3月期から配当性向70%以上を基準とする方針へ移行したため、利益が安定すれば還元の予見性も高まります。一方で、高還元を続けながら成長投資も確保できるかは、今後の利益水準と合わせて確認する必要があります。
サポートを含む顧客体験
取引機能だけでなく、相談窓口、コールセンター、投資情報、動画、本人確認、セキュリティまで含めてサービスを作っています。初心者には迷わず使える画面と相談先、アクティブ層には発注機能や情報量が必要であり、両者の要望は同じではありません。松井証券が人とデジタルの両方で対応する点は、手数料の安さだけではない継続利用の理由になります。新規口座数だけでなく、顧客資産や複数商品の利用率が増えれば、この顧客体験が収益へつながっていることを確認できます。
弱み
日本株と信用取引への依存
収益源の多様化を進めていますが、現在の利益は日本株の委託手数料と金融収支に大きく依存しています。相場が活況で売買代金や信用残高が増えると利益が伸びやすい反面、市場が低迷して取引が減れば、手数料収入と信用取引関連の収益が同時に弱くなる可能性があります。2026年3月期の大幅増益を平常時の収益力と決めつけない視点が必要です。投資信託、米国株、FXなどの残高と収益が決算数字に表れるまでは、業績の市況感応度が高い状態が続くと考えられます。
経済圏を持たない顧客獲得力
独立系は自由度が高い一方、銀行、カード、通信、ECから自動的に顧客を送る大規模な経済圏を持っていません。SBI証券や楽天証券がポイント、カード積立、銀行金利などを組み合わせるなか、松井証券は広告やブランド投資、外部企業との提携により接点を作る必要があります。その費用が増えすぎれば、口座数が伸びても収益性は改善しません。新規口座の獲得単価だけでなく、入金額や継続率、複数商品の利用まで伸びているかが、サービス自体の魅力を判断するポイントです。
高いPBRが期待の重さになる
2026年3月末のPBR2.96倍は、比較したSBIホールディングス、マネックスグループ、岩井コスモホールディングスより高い水準です。高ROEや株主還元への期待がすでに株価へ反映されているため、利益成長の停止や減配だけでなく、成長率の小さな鈍化でも評価が縮む可能性があります。低PBR株のように「悪材料が十分に織り込まれている」とは考えにくい位置です。したがって、良い会社であることと、株価が割安であることを分けて考える必要があり、ROEと利益の持続性を期末ごとに確かめることが重要です。
株価シナリオ|プレミアムの行方を考える
良いシナリオ
国内株の活況と金融収支の改善が続き、投信、米国株、FXも利益へ貢献する場合です。ROEが高い水準を保ち、配当性向70%以上の方針で増配が続けば、PBR約3倍の評価を維持しやすくなります。収益分散が数字で確認できれば、相場依存への不安も和らぎます。
中立シナリオ
日本株収益は平常化するものの、顧客資産と複数商品の利用が少しずつ増える場合です。利益は2026年3月期の高水準から伸び悩んでも、配当が支えになりやすいです。ただしPBRが高いため、株価は増配期待と利益減速の間で方向感が出にくくなる可能性があります。
悪いシナリオ
市場の売買代金が減り、信用残高や金融収支も弱くなる一方、広告、システム、セキュリティ費用が残る場合です。利益低下で配当余力が細り、高ROEの持続性が疑われると、PBRのプレミアムが縮む可能性があります。不正アクセスや大規模障害による信頼低下も重要な下振れ要因です。
三つのシナリオを分ける中心は、2026年3月期の利益を基準にせず、相場が落ち着いた後のROEを見ることです。単年の好決算より、顧客資産と収益源の広がりを追う方が松井証券の変化を捉えやすいと思います。
全体まとめ|高ROEを持続できるか
松井証券を調べて印象に残ったのは、老舗でありながら、環境変化に合わせて商売の形を変えてきた会社だということです。対面証券からオンライン証券へ転換し、現在は日本株中心のネット証券から、資産形成と複数商品を扱う金融サービスへ広がろうとしています。
2026年3月期の業績は明確に好調でした。営業収益526.6億円、経常利益238.1億円、純利益154.8億円で、ROEも大きく改善しました。日本株の取引増加に加え、金利上昇による金融収支、FXなどのトレーディング損益が伸びたことは評価できます。
ただし、現在の松井証券は低評価からの見直しを待つ銘柄ではありません。PBRは2026年3月末で2.96倍あり、高ROE、高配当、独立系としての分かりやすさがすでに評価されています。今後は「良い会社か」だけでなく、「高い評価に見合う利益を続けられるか」を見る必要があります。
配当は2026年3月期に50円へ増え、次期から配当性向70%以上を基準とします。還元姿勢は分かりやすいですが、過去には配当性向が100%を超えた年もありました。相場が弱い時期にも成長投資、セキュリティ投資、配当を同時に維持できるかは注意したいです。
事業面では、投信、NISA、カード積立、米国株、FX、MATSUI Bank、保険連携に注目しています。これらが単なる品ぞろえではなく、預かり資産と利益を増やす柱になれば、日本株依存は少しずつ下がります。反対に、費用だけが増えて収益貢献が見えない場合は、高いPBRを支えにくくなります。
私が今後もっとも確認したいのは、高還元を続けながら、日本株以外の利益を育てられるかです。次の決算では、受入手数料と金融収支だけでなく、投信残高、米国株、FX、預かり資産、販管費、自己資本規制比率を並べて見たいと思います。
松井証券は、規模で最大手を追う会社というより、個人投資家が安心して長く使える品質で残ろうとする会社です。その戦略が顧客資産の定着と収益分散につながれば、高ROEを維持できる可能性があります。一方、高い市場評価が付いているからこそ、成長の進み具合を丁寧に追う必要がある銘柄だと感じました。
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この記事は、企業について調べた内容をまとめたものであり、特定の銘柄の売買をすすめるものではありません。株式投資には価格変動や業績悪化などのリスクがあります。最終的な投資判断は、ご自身でも最新情報を確認したうえでお願いします。
参考資料
参照した資料を開く
- 松井証券 会社概要:https://www.matsui.co.jp/company/information/about/
- 松井証券 2026年3月期決算短信:https://www.matsui.co.jp/company/ir/pdf/2026_4.pdf
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